ミヒャエルエンデの『モモ』をご存じだろうか。
私はあまり本を読むことを勧めないし、
むしろ読まない方がいい本が多すぎて本を読むなということもある。
本を読んでわかったような気になっている人が多いことが、
若い人たちをだめにしていると思っている。
実体験に基づかない本が多く、
空想の世界で社会をとらえて満足しているような、
そんな錯覚に襲われるような本もあるからだ。
エッセイなんかは自分の体験の解釈をしすぎていて嫌いだ。
対談なんかは手抜きとしか思えないものも多い。
優れた読み物は、実世界と哲学をつなげる強い力を持つものだ。
そういう意味で、エンデの『モモ』は優れている。
灰色の男が現れて、あなたに残された時間、
浪費している時間を告げる。
時間貯蓄銀行に時間をためようという。
人間は、時間をけちるようになる。
時間を節約するためのいろんなデマや闘争が起こる。
時間がないと焦れば焦るほど、自分の生活は崩れていく。
時間がある人、それは乞食のモモだった。
モモだけが自分の生活をしている。
モモを読んで、すべての問題を時間というもので理解することができた。
効率主義や、産業の発達もそう。
根本にあるのは、時間は短く済んだほうがいいでしょうという考え方。
それは結局人間の首もしめることになる。
時間に成果を求めること
時間に意味を求めること
人間は限られた時間しか持たない。
今の瞬間生が終わるかもしれない。
そもそも生に意味はないのだ。
時間に意味をもたせようとすればするほど、
時間を節約することが目的になって、
自分の生の意味がわからなくなる。
人間はもともと矛盾のある生き物だ。
時間を節約することにどれだけの意味を持たせるのか。
それによってその人の生活はガラっと変わる。
わたしは時間を浪費する。
毎日時間を浪費している。
これほどの贅沢はこの産業社会にはないのだ。
周りを見渡してみて、
いいなあとあなたが憧れる人はどういう人だろうか。
たぶん、時間を無意味に浪費しているように見える人ではないだろうか。